土地の権利関係を整理し、将来の争族の芽を摘む
- 財産ドック
- 12月2日
- 読了時間: 9分
Bさん・76歳/妻73歳、同居の妹73歳
ある日、76歳の男性Bさんが私のもとに相談に来られました。今は奥様と自身の妹さんの3人暮らしをしているとのこと。子は2人いますが、既に2人とも結婚し、それぞれ実家を出ています。
Bさんの心配事は、自分が死んだ後の妻と同居の妹との関係についてでした。奥様と妹さんはあまり仲良くありません。これまではBさんが緩衝材となって何とか同居を続けてきましたが、Bさんがもしものことになったら2人は衝突することが目に見えています。 きついことざが起きて、今まで通りには暮らしていけないだろうということを、Bさんはしきりに気に病んでいました。それで、「今のうちに何かできることがあれば教えてほしい」と、相談に訪れたのです。
Bさんの妹さんは73歳で、奥様とは同い年です。妹さんはかつて結婚していたのですが、子宝に恵まれないまま15年前に離婚してしまいました。単身となってしまった妹さんを見かねて、当時健在だったBさんの父上が「実家に戻っておいで」と妹さんを迎え入れたのです。 父上とBさん夫婦と妹さんの4人で一緒に暮らし始めてしばらく後、父上が亡くなりました。その頃から妹さんは塞ぎがちになったこともあって、Bさん夫婦ともあまり良い関係性とは言えない状態になってしまいました。
相談を受けてBさんの相続財産について確認したところ、相続税がかかるほどの評価には至らないということはわかりました。問題は、遺産分割をめぐる「争族」が起こる危険性が高いことです。 法定相続人の順位としては、配偶者であるBさんの妻、その次に子です。被相続人に配偶者と子がいる場合、被相続人の兄弟姉妹には相続権がありません。つまりBさんのケースでは奥様の権利が圧倒的に強いのです。
仮にBさんが何の対策もしておかないまま亡くなれば、すべての遺産は奥様と子のものになります。もちろん自宅も奥様と子で分割しますから、奥様に「出て行って」と言われてしまえば、妹さんは出て行かざるを得ないでしょう。すると、妹さんは住む家がなくなって、路頭に迷いかねません。 Bさんが生前にしておくべきことは、遺族間での争い事を避けるスマートな遺産分けの方法を決めておくことです。
そこで、私はまず一番トラブルの元になりそうな実家の名義を確認しました。すると、いきなり大きな問題が発覚しました。建物全体と敷地の半分はBさんが購入したものでしたが、敷地のもう半分は父上の名義のままであることが判明したのです。父上の死去当時、相続税がかからなかったことから、父所有の土地について相続登記をせずに今日まで来てしまったようです。Bさんも妹さんも土地の権利がどうなっているのか、ほとんど理解していませんでした。

[図表6] Bさんの家族構成と財産構成 (Bさん夫婦と妹は同居) ・妹(73歳) ・依頼主 Bさん(76歳) ・妻(73歳) ・長女(46歳) ・長男(48歳) ・相続財産 ・未登記の土地
問題点 父の相続時に不動産の相続登記をしていない
このケースでは登記をしていないことから問題が生じかけています。トラブルを避けるためには、父上の相続時に未登記であった土地を誰が相続するのか明確にし、相続人同士で相続割合を決めて、登記する必要があります。 不動産を所有している人が亡くなって相続が開始した場合、その不動産の所有権は相続人に移転します。そこで本来は不動産の名義を変えるための相続登記の手続きをしなければなりません。
ところが、これをしないまま放置しているケースが非常に多いのです。 相続税がかからない場合には、相続登記はしてもしなくても当面の間は何の支障もきたしません。実家であればそのまま住み続けても問題ありませんし、固定資産税の納付書が既に亡くなった父宛で届くくらいで、誰から何かを言われることもありません。別段いつまでに相続登記をしなければならないという期限も設けられていませんから、相続登記をしなければならないこと自体を知らない人が多く存在するのです。売却や分割する段になって初めてその必要性を知り、慌てて手続きに入るというパターンがよく見られます。
相続登記をしないとあとでどんな面倒が起きやすいかというと、「時間が経過すること」で、あとからの手続きが煩雑になってしまうことです。 相続未登記の手続きは、相続当時に遡って遺産分割協議をし直すことになります。相続当時の相続人が亡くなっている場合には、その子、孫などに相続権が引き継がれます。相続権を持つ人物全員を探し出して連絡を取り、事情を一から説明して、遺産分割についての話し合いをし、承諾を得た上で相続登記に必要な書類に署名や捺印をもらって回る……という、気の遠くなるような手間を経なくてはならないのです。
私が知っているケースでは、最高で35人の相続人に判子をもらって回ったというのがありました。被相続人が子だくさんであったために、ねずみ算的に孫・ひ孫の数が多くなっていったのです。幸い、このケースは被相続人の次男が強いリーダーシップを持った人であったために、うまく35人全員をまとめ上げ丸く収めることができましたが、もし揉めていたらと思うとゾッとします。
Bさんの場合には、Bさんと妹さんとで父上の土地をどのように分割するかについて話し合い、登記をしておくべきです。そうでないと、Bさんが亡くなった後、奥様がBさんに代わって妹さんと話し合いをしなければならなくなります。二人はただでさえ仲が良くないのに、遺産をめぐる話し合いが一筋縄で終わるとは到底思えません。
親族とはいえ二人は血がつながっていませんから、おそらく遠慮のない争いになるでしょう。妹さんが一方的に「父の土地は私の財産だ」と主張することも考えられます。それで妹さんがその土地を売ると言い出したら、どうでしょうか? 今度は先ほどとは反対に、奥さんの方が住む場所を変えなければいけない事態が起こり得ます。 妹さんと奥様やBさんの子どもたちまで巻き込むような相続トラブルを起こさないためにも、すぐにでも相続登記をする必要があります。
解決策 自分の代で責任を持って相続登記を済ませておく
幸いにもBさんが亡くなる前に未登記問題が見つかったことで、トラブルになる前に手を打つことができました。さっそくBさんと妹さんを呼び、分割について話し合ってもらいました。 妹さんは、実は既にBさんが亡くなったときのことを想定して、自らも動き出していました。ある司法書士に相談したこともあったようで、その内容は「Bさんの奥様に出ていってもらう」というものでした。
妹さんは子どもがいないのに対し、奥様には二人の子どもがいるので、どちらかが面倒を見てくれるだろうという考えだったようです。 しかも、彼女は土地が全部父のものだと勘違いしており、もしBさんと分割する必要が出てくるなら「使い勝手のいい道路側の土地を欲しい」とまで指定してくる始末でした。
その言い分を聞いてBさんは愕然としていました。妹さんは自分のこと以外、全然考えていなかったのです。 そこで、冷静に考えてくださいと妹さんを諭します。妹さんも既に73歳です。Bさんの奥様を追い出して住むところを確保しても、今後介護の問題が出てきます。独り身ですし、老人ホームに行くだけの資金を手配するのも大変です。
それだったら、土地はすべてBさんに譲っておいて、その代わり今後何かあったときには、Bさんの奥様や子どもに少し面倒を見てもらえるようにお願いした方がいいのではないかとアドバイスしました。 妹さんは少し時間を空けて考えましたが、とりあえず納得してくれたようで、奥様とも合意する形で決着がつき、最悪の相続トラブルは避けられました。 妹の本心を聞いて驚いていたBさんは「自分が死ぬ前に気づいて良かった……。
知らずに死んでいたら、どうなっていたことか」と、静かに胸を撫で下ろしていました。
生きているうちに解決しておきたい「隣地との境界」と「土地の実測」 Bさんのケースでは、未登記の土地が問題となりましたが、土地に関しては他にも生前に確認しておかなければ相続トラブルが起こりやすいケースがあるので、ご説明しておきます。それが「隣地との境界が曖昧な土地」と「実測と登記簿で面積が異なる土地」になっているケースです。未登記問題は身内での揉め事ですが、この2つは隣人など第三者との揉め事になってしまう点が、また違う意味で厄介です。
●隣地との境界が曖昧な土地
先祖から代々受け継いできた土地などに多いのが、「大体ここからここまで」のように自分の土地の範囲を認識しているケースです。
隣人も古くからの付き合いになると、わざわざ区画を確認することもないので、お互いに「何となくの感覚」でざっくりと境界を決めていたりするものです。あるいは区画を決める目印として、土地の四隅に杭を打っておいたり、ちょっと目立つ木を植えておいたりする場合もありますが、時の経過とともにいつの間にか杭がなくなったり、木が朽ちたりして、範囲がわからなくなってしまっているというのもありがちです。
境界がはっきりしない土地の何が問題かというと、相続時や売却時に土地の評価を出したり、登記をしたりするときに話が先に進まなくなることです。正確な区画がわからないと土地の面積が出せないばかりか、権利確定ができないので、値段の付けようがありません。登記をするにも隣地との明確な線引きをしなくては登記ができません。 田舎の方で土地がいくらでも余っているような場合であれば、隣人も目くじらを立てないで穏便に話し合いができるかもしれませんが、土地の価格の高い地域になると、そう簡単にはいかないでしょう。ほんの10cmずれただけで土地の価格が大きく違ってくることがあるからです。
すると、境界をめぐって隣人との裁判沙汰になってしまう可能性が出てきます。 話し合いが面倒くさいとか、高齢で他人と関わりたくないという人もいますが、放置しておくと次の代が迷惑を被ることになります。相続が来る前に、また隣人との関係が良好なうちに、境界についての話し合いを済ませておくことが残された人に対してのマナーだと思います。
●実測と登記簿で面積が異なる土地
実際に測ってみると登記簿より広い土地を「縄のび」と言います。昔は面積が広いと年貢をたくさん納めなくてはならなかったため、測量のときに縄がのびたことにして実際の土地の面積よりもあえて狭く届け出たケースがあったのです。
反対に、実際の面積が登記簿より狭い土地を「縄ちぢみ」と言います。この場合は田畑など耕作地の地主が、小作人から小作料を多めに徴収するために故意に面積を多くしたケースや、土地を売買する際に実測面積よりも広く申告して、売買代金を多くしようとしたケースなどが考えられます。
いずれにしても登記簿に書かれた面積が必ずしも正しいとは限りません。もし縄のびしていたら、相続税や固定資産税が上がってしまいます。逆に、もし縄ちぢみしていたら、思っていたほどの価格で売れなくなってしまいます。
相続では土地に関するトラブルが多いことや、相続税の節税を考える上で不動産の活用が重要であることを述べてきたように、「相続」と「土地」は切っても切り離せない問題です。
早めの相続税対策をするためにも、無用な相続トラブルを避けるためにも、専門家による測量を行っておくことを強くお勧めします。
「税理士が教えてくれない不動産オーナーの相続対策」財産ドック著 - 幻冬舎刊より



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